記憶の連鎖がはじまる   

先週土曜、雨の熱海市内(熱海とゆかりの深い文豪にまつわるツアーだった)に参加させてもらい、イタリアンレストランでサングリアを呑んでいたとき友人の電話が鳴った。市内の旅館が火事だという。胸がざわざわした。ああ、やばいやばいという感覚。この、少し「避難」めいた雰囲気。
逃げるように一路、駅へ。坂をのぼるたび漂うきな臭いにおい。間に間に見える大きな炎。高ぶる神経を自覚しつつ、わたしは、わたしの内なる第二の故郷である熱海への思いをフラッシュバックさせる。このように燃え灰となるこの場所は、思えば生まれて30年そこらしか経っていないわたしにとって既に過去の観光地であり、栄華や逸話は語られる以上でも以下でもない存在だったが、こうして長い歴史の、その一部が焼失する瞬間に居合わせたことをふしぎに思う。